スローガン「超速」

 1月にラグビー日本代表ヘッドコーチ(HC)に再就任したエディー・ジョーンズが記者会見やトークショーのたびに気の利いたことを言うのは昔からだ。

 1月15日のメディアブリーフィングでは、ゴリラを持ち出してビジョンスキルの重要性を説いた。

「人間はなぜ、動物界のトップでいられるのか。それは目が違うから。ゴリラ同士は何を考えているかわからない。それは白目がなく、目による感情表現ができないから」

 これは初耳だった。早速、インターネットで画像を見ると、白目の部分がはっきり確認できるゴリラもいた。チンパンジーにも白目を持つものがいた。

 あわれ。だからといってエディーの指摘が間違っているわけではない。ゴリラと言ってもアフリカには4種類が生息し、確かにマウンテンゴリラは黒目がちだった。

 エディーは就任と同時に「超速」というスローガンを掲げた。それは身体的なスピードだけを意味しない。

 速く考え、速く予測し、速く判断する――。そのためには目から得る情報量を増やすとともに、得た情報の解析力を高めていく必要がある。

 第1次政権時、エディーは「ジャパン・ウェイ」というスローガンを掲げた。今回の「超速」は、その進化版と考えていいだろう。

 今回、エディーはこうも言っている。

「下を向いている選手があまりにも多過ぎる。目で(味方と)コミュニケーションを取れるようにしなければ」

 エディーはサントリー(現・東京サントリーサンゴリアス)のHC時代から選手たちに「アゴを上げろ!」と命じていた。

 下を向くと疲れているように見え、チームの士気が下がる。味方とのアイコンタクトに支障が生じ、チームの連係が損なわれる。ピッチから得られる情報も少なくなる。

 孫子の兵法に、有名な一節がある。

<彼を知り己を知れば百戦殆うからず>

 この「彼」の部分に注目してほしい。これを「敵」だと解釈している者がいるが、それだけでは不十分だ。実は「仲間」も含まれる。

 敵を知ることはもちろん重要だが、仲間の性格や現在の状態、たとえばコンディションなども把握しておかなければ試合には勝てない。

「目は口ほどにものを言う」ともいう。ビジョンスキルの向上なくして代表の進化なし。エディーは、いいところに目を付けた。

初出=週刊漫画ゴラク2024年2月16日発売号

二宮清純
(にのみや・せいじゅん)

スポーツジャーナリスト。1960年愛媛県生まれ。オリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシング世界戦など国内外で幅広い取材活動を展開中。1999年6月より、インターネット・マガジン「Sports Communications」(http://www.ninomiyasports.com)を開設。 新刊『森保一の決める技法 サッカー日本代表監督の仕事論 (幻冬舎新書 )』が好評発売中。他に『スポーツ名勝負物語』(講談社現代新書)、『スポーツを「視る」技術』(同)、『勝者の思考法』(PHP新書)、『プロ野球裁判』(学陽書房)、『人を動かす勝者の言葉』(東京書籍)、『歓喜と絶望のオリンピック名勝負物語』(廣済堂新書)、『昭和平成ボクシングを語ろう!』(同)、『村上宗隆 成長記〜いかにして熊本は「村神様」を育てたか』(廣済堂出版)など、著書多数。